共催講演会 終了のご報告
宗教新聞社&『にっぽん文明研究所』講演会終了のお知らせ  
テーマ 日本製キリスト教 −メイド・イン・ジャパンのキリスト教−

左:マーク・R・マリンズ 氏
中:にっぽん文明研究所 代表 奈良 泰秀
右:宗教新聞社 編集長 多田 則明 氏
|
|
 |
平成17年12月6日(木) スクワール麹町にて宗教新聞社と共催での『にっぽん文明研究所』講演会を開催しました。
今回のテーマは「日本製キリスト教」講師:マーク・R・マリンズ 氏(上智大学比較文化学部教授) に講演していただきました。
ペリーが日本へ開国を迫った六年後、プロテスタント宣教師は日本における布教活動を開始した。1859年以降、プロテスタント、ローマカトリック、正教など二百を上回る布教団体が外国の教会から日本に派遣された。その後、移植されたミッション団体は、多様な活動によって日本社会にかなりのインパクトと影響を与えてきた。伝道、教会形成、医療、社会改革活動、社会福祉などの分野にキリスト教が与えた影響について、多くの研究がなされている。例えば、教育分野でキリスト教が極めて大きな役割を果たしたことは、主要な伝統宗教系の学校の数と比べればすぐ分かる。1960年代初期の調査では、マノイリティーであるキリスト教系学校は、仏教系、神道系を合わせた数を超えている。ミッションスクールの重要性、とくに女子教育における重要性は広く注目されてきた。
キリスト教が日本社会の広い分野に大きな影響を与えたことは確かだか、文化と宗教伝統との出会いが引き起こす変化は、一方通行ではない。キリスト教側もまた、日本社会、日本文化による影響を受けていた。日本人は、海外からもたらされたキリスト教を受動的に取り入れただけではない。能動的な主体として、自らにふさわしい有り方で信仰を再解釈・再校正してきた。
日本人がキリスト教を自分のものにした場合、どのような現象がおこるのか。どのような形で表現するのか。言い換えれば、キリスト教の信仰、儀礼、制度などが、日本の文化と伝統宗教との出会いを通じて、どのように取り入れられ、変容してきたかを考えなければならない。キリスト教の土着化のプロセスについて見直す必要がある。
長老派をはじめメソジスト、聖公会など、多くのプロテスタント宣教師は、自分達が移植した教会と伝統が、キリスト教の聖書の規範的表現であるかのように振舞ってきた。信仰告白や教会組織など彼等が移植した文化は、キリスト教信仰の真正の表現であり、自分達のものが絶対で、ほかの教派は何らかの点で間違っている、と。
それでも土着の教会を発展させるために、早くから宣教師の間で論議があった。これは主として「三つのセルフ」−自治、自立、自伝−にかかわるものである。土着型の教会を成功させ、外国からの援助なしで成り立ち、宣教できるようにするには、最低この三つの要素が必要たでされた。もっともこれ以上の変化は困ると考えられていた。
しかし、土着化には組織的な自立以上に、多くの要素が内包されている。社会学において、土着化は外来の宗教が現地の宗教・文化の接触を通じて変容していく過程として、より広範に理解されている。つまり土着化とは、社会的組織、礼拝や指導のスタイル、そして神学の文化的適合をも意味する概念で、組織的自立だけでなく、宗教的伝統の再解釈まで含んでいる。
国際基督教大学名誉教授の武田清子氏は、土着化について「一つの宗教なり思想なりが一つの国、一つの文化圏に受容され、人々の心と生活とに根をおろすことを意味する」(『土着と背教』)と述べている。つまり、土着化により、キリスト教信仰は人間文化のの文学、美術、教育などあらゆる場面に現れてくる。文学では遠藤周作などの作品がその代表例だ。
宗教社会学者で上智大学名誉教授の安斎伸氏は、土着化について次のように述べている。「教会は、西洋的な意味においても、本質的なものとそうでないものとの区別をしっかりしてこなかった。西洋のキリスト教は、幾世紀もかけて、美しい四角の杭を作り出したが、教会はそれを日本の丸い穴にねじ込もうとしてきた。当然、杭は合わない」
土着化のプロセスは、ミッション教会への反応として表れた独立のキリスト教運動に、より顕著に見られる。こうしたグループは西洋の制約から解放されているので、自由に神学を展開し、組織を適応していくことができ、土着化のプロセスが典型的に現れる。
この分野の研究に、カルロ・カルダローラの『Christianity:The Japanese Way (日本流のキリスト教)』がある。日本におけるキリスト教の土着形態の草分けとなった同書は、日本キリスト教の最初の独立した表現として1901年に始まった内村鑑三と無教会運動に焦点を当てている。
内村の無教会はキリスト教の儒教的な表現であり、特に教育を受けた士族階級を引き付けた。その後二十世紀を通じて次々に現れた土着運動は、多様な「日本流キリスト教」のあり方を示している。西洋に多様なキリスト教があるように、単一民族といわれる日本のキリスト教も多様である。私は『メイド・イン・ジャパンのキリスト教』で、その多様な在り方をとらえようとした。
長い間、独立の土着運動は日本キリスト教研究からほとんど目を向けられずにきた。それは、既成教会がこれらの運動をの多くを異端とみなしたからであろう。例えば、村井じゅん師が1941年に創設したイエス之御霊教会は、凡そ二万人以上の信者をもつ日本のペンテコステ運動だが、三位一体を否定する教義ゆえにキリスト教ではないと排除され、正統的な研究トピックとは考えられてこなかった。
しかし、私は、自らキリスト教と定義するあらゆる集団を調べ、それらが西洋の支配から自由になってキリスト教信仰にどうかかわったのかを記録する作業こそが重要であり、それらを神学的理由で最初から排除するべきではないと思う。
宗教社会学的アプローチでは、神学の規範的な基準によるのではなく、研究対象の自己定義からスタートする。自らをキリスト教と言っていれば、どのようにキリスト教を理解し実行しているか調査する。最終的に私の理解とは相違点が出てくるかもしれないが、最初から排除すると対話にもならない。
宗教新聞 平成18年1月5日号より 一部抜粋
|
 |
|
|
|
 |
|
 |
|
「にっぽん文明研究所」総務
|