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第41回セミナー終了の報告 
   葬送儀礼研究partU 「儀礼ではなく生きるための仏教を」

 
平成17年7月8日() スクワール麹町にて、「にっぽん文明研究所」&宗教新聞社、共催セミナーを開催しました。上野学園大学国際文化学部教授の松濤 弘道 に講師をお願い致しました。






講師の 松濤 弘道
 


右:宗教新聞社 編集長 多田 則明
左:奈良泰秀代表

 松濤 弘道 師は豊かな国際経験から、自分の体験に基づいた思想でないと人を納得させることは出来ないとし、日本の仏教や宗門大学が内向的な活動しかしていないことを痛烈に批判した。また、宗教は本来コミュニケーションであり、宗教家は一般の人達に向け、だけにも分かる言葉で、どう生きたらいいのか素直に語るべきだと強調した。

 日本人は生きる動機を楽や得に置きがちで、宗教はアクセサリーのように考えている。しかし、それでは深い人生を送ることはできない。人々に生きる意味を考えさせ、本当の幸せを得ることができるよう、宗教家は努力すべきである。

 そして、日本文化のよさを見直し、それを世界に広めることで、世界の人々から認められるようにしなくければならない、と結んだ。

宗教新聞 (2005.7.20号)より



 松濤師が日本文化、特に仏教関係の研究を始められたきっかけとなった出来事があります。
 当時、ハワイでまだ日本人の観光客は少なく、日本人が珍しかった時代に、現地の人々に日本の文化の説明を求められ、自分がいかに自国の文化を知らないかを認識し大変衝撃を受けことだそうです。


松濤 弘道 師 講演

 政治家、経済界、医学界などの知識人といわれる方々と、接する機会の多くなった現在、意見を交換して感じるのはあまりにも日本の宗教に対する知識が少ないということ。ところが西洋の文学・芸術・宗教については、皆様よく知っておられる。

 これは、日本の明治時代の思想で、日本のものは劣っている、封建的なものという劣等感があり、欧米の文化を基盤とした教育を受けた方々が、明治時代のエリートとなり、国の指導者的立場になったことが影響しているのでないか。
 
 そうした教育の影響を受けた方々が海外で出られて、日本についての、個人の思想、または信念を質問されても、うけうりしか答えられない、オリジナルで答えられる方は少ないように思われる。根本的に自分で培った経験、体験がないと相手を納得させることは出来ません。

 形に表れるものに関して、日本は高い評価を受ける現在だが、その奥にあるもの思想とか文化に対しての発表はあまりされていない。むしろ海外の方が日本の奥ゆかしさや思想の深さ、よさに気が付き、来日し、日本語を勉強、文化に触れ世界に発信しています。

 宗教関係に関して、毎年、文化庁が宗教年鑑から統計をだされますが、平成16年の統計によると、神道が約1億2千万人、仏教徒が9千万人、キリスト教が2千万人という統計が出ており、日本の人口の約2倍になってしまいます。神道は氏子数、仏教は檀家数などを報告しているのですが、一般の方々は信徒であると認識されていないでしょう。信仰があると認識している方々は人口の一割にも満たない、すごいギャップがあります。

 日本の仏教とは宗派仏教だといわれています、お釈迦様の教えをまとめた経典を基本に、お弟子さんたちが各宗派を確立していったのですが、それが今日まで発展してきたのですが、一般の方々がこの宗派の教えに沿って生活しているかどうかという点になりますと、残念なことに実際、宗派の教えをよくご存じない。そしてお経は葬式や法要の時にお坊さんが唱えるものという認識で、意味もよくご存知ない、ほとんどの方は聞くだけですね、これは仏教だけでなく神道に於いても同じです。

 日本に限らず、外国においてもそうですね、キリスト教の教えに沿って生活しているわけではありませんね、アメリカは熱心な方もいらっしゃいますが。

 その点、一番熱心なイスラム教徒に関しては、アラーの教えに沿った生活をしています。イランなどイスラム教圏内に入った場合、異教徒にもその教えを強要されます。

 その対極にいるのが日本人ですね、一般的な日本人にとって宗教は生活の中の脇役であって、アクセサリーの様なものです、初詣やクリスマスなど宗教的な儀式という信仰の気持ちはありません、結婚式も最近はチャペルが流行で、お葬式は仏教で、自分の思想や信頼のおける宗教でなく、食べるものを選ぶようですね。これが日本人の特徴です。

 この傾向は今に始まったことではありません、大正十四年に出された雑誌の中に、“日本人はいい加減な信仰は許すが、一生懸命の信仰は許さない”と書かれている。また、「日本人の自然的宗教観」という書籍には、日本人は“極端なものへの拒否、そうでないものへの寛容さ”というものがあると記述にある。海外の人から見るとその点、日本人の思想は不思議なものなのですね。日本人は外来の文化のいい点は受け入れて吸収していく、そうした文化ですね。

 今の日本の宗教者はだらしないですね、自分の教えが一番いいと思っている。宗教界の雑誌や新聞社でも、悪いものは悪いと書かなければならないですね。宗教者も一般の出版社に認められるように、勉強し、自分の経験、信念に基づく本を出版するなど、人々に分かってもらえる様な努力をしないといけません。

 私どもの宗派(浄土宗)の伝統は、一.掃除、ニ.勤行、三.学問と申しまして、まず掃除が一人前に出来ないようでは何も出来ませんね、私も掃除ばかりしていました、その当時の出来事は苦しいことも良い経験・勉強となりました。宗教は知識で無く、体験だと思います。

 仏教にとって、葬送儀礼というのは経済的にも助けになったのは確かですが、日本の葬送儀礼は特殊です。海外の葬送儀礼を調査した結果ですが、海外においては亡くなった後については余りてはかけていませんね、日本の場合は、お墓や遺骨を重要視しますが。葬式が形式化しています、本当に心があったら形式化はしないでしょうね、義理や世間体の部分ですね。日本人、一人一人が自分の信念をもたければならないと思います。 

             「にっぽん文明研究所」総務


-今回のいけ花-
 

 
 


 
 

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