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第32回 創立5周年記念 新春セミナー   
和の文化 「きもの・香り・装束」


新年明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願い申し上げます。

日本の伝統文化と新しい文明を見据え、さまざまなテーマで研究会・講座などを企画し各種の活動を行っております 「にっぽん文明研究所」 は、創立五周年を迎えました。前回、宗教新聞社との共催で、京大教授:カール・ベッカー氏をお招きして記念講演会を開催しましたが、お蔭さまで多くの方々からご好評を頂戴致しました。今回も同じく、記念講演会として新春セミナー
“次代に伝えたい和の文化” 『きもの・香り・装束』 ― 歴史風土が育んだ日本の感性 ―
を取り上げ、それぞれのジャンルでのオーソリティ三名の先生をお招きします。

“きもの”では、東京国立博物館で20年間日本の染織品のご研究をされ、現在は共立女子大で「染織史」「服飾文化」「服飾美学」等で教鞭をとられている 長崎 巌 教授 にお話しをして頂きます。本来、着物(きもの)は衣服と同意義ですが、現在では“日本民族の伝統的な衣服”といった意味合いで捉えられております。一般的に毎日我われが身に着ける衣服は洋服です。この洋服が、二千年に亘って日本の着物に慣れ親しんできた社会に根付き始めたのは、西洋化を進める明治政府が官僚・軍人に公式の場での着用を義務付けた歴史を含め、僅か百年ちょっと前のことです。古代の貫頭衣から始まる着物の歴史は、中国や朝鮮との交流で影響を受けながらも、平安期に入ると、我が国独自の服装の基本が出来てきます。それは、日本人の感性としての布地の素材や色調への拘りを見せながら、優雅な衣冠束帯や十二単を出現させます。その後着物は、寒暖の気候・多湿の風土・建物・社会的階層など、さまざまな条件に適した工夫を取り入れながら、美術工芸としての価値を高めていきます。武家の勢力が広がる鎌倉、動乱の室町、安定の江戸と、着物はその時代の変遷に合わせて形状や色彩を変化させ、伝統的な『着物文化』を確立させて現在に至っております。

“香り・香道”は、香雅流家元・大内山 香雅 先生 にお願い致しました。香雅先生のご家系は、平安期より代々御所で、貴族の子女や公達の“たしなみ”の教育指導に携わって来られました。そのなかには、室町期に発祥した香道以前の、飛鳥時代からの嗜みとしての“薫りの道”もありました。現家元の母君は、香りは精神の深淵に達するという信念から『禅』を香道に取り入れることを模索されました。香雅先生はその遺志を継がれ、現在『禅香道』の啓蒙と、研究の結果、唯一“新しい香のあり方”「乾香」を確立させ、その普及に努力されております。もとより香道は茶道、華道、と並ぶ三芸道のひとつです。香道では香を嗅ぐことを「聞く」と言いますが、嗅覚を主役として、香りに無限な世界を「聞く」ことを奨めたのは釈尊です。仏教の教典には塗香や焼香の奨めが記され、その伝来と共に伝わって来た香は、聖徳太子によっても熱心に勧められました。時代と共に結実した我が国独自の奥の深い“香りの文化”が、これから世界に拡められることが期待されます。

“装束”に就いては、「綺陽会」を主宰され 「にっぽん文明研究所」 古神道講座で 『有職装束』 担当をお願いしております八條 忠基 先生 に、受講生の装束着用も加えてお話しをして頂きます。八條先生は、千年もの間受け継がれて来た服飾文化の伝統を充分認識された上で、現代にマッチした装束の復権と、その普及を目指して活動されております。私共の古神道講座は神職養成も兼ねておりますが、神事を執り行う際に身に著ける装束は、我われ神職にとっては切り離せない謂わば制服というべきものです。よく制服を一人で着られない職種は神主だけ、などと言われておりますが、それは、中国の影響を受けていた服装が遣唐使廃絶により平安中期以降、我が国独自の装束の発達を見、それまでのゆったりとした柔らかい装束・凋装束(なえしょうぞく=柔装束とも)から、折り目正しく威儀を整える剛装束(こわしょうぞく=強装束とも)に大きく変化したことに起因します。この剛装束がごわごわして単独では著こなせないため、“着せる” という着付けの作法が衣紋道(えもんどう)として発生しました。この衣紋道の創始者は第71代・後三條天皇(1068〜1072)のお孫さんで臣籍に降下された源 有仁(みなもとの ありひと)ですが、そこから二流に分かれ、高倉流・山科流として伝統久しく現在に至っております。新春のひと時、是非このような和の文化に触れて頂きたいと思います。

平成16年1月   
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