第26回 「にっぽん文明研究所」 新春セミナー
悠久の響き 「雅楽」 partT のお知らせ
新年明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願い申し上げます。
日本の伝統文化と新しい文明を見据え、さまざまなテーマで研究会・講座などを企画し各種の活動を行っている 「にっぽん文明研究所」 では、第26回新春セミナーとして “いま甦る悠久の響き” 『雅楽』 partT ― 伝統の音色を身近に ― を取り上げました。
前回セミナー 「伊勢神宮参拝と講演会」 には多くの方々がご参加くださいました。その折、神宮に雅楽と神楽の神道芸能を奉納させて頂きましたが、今回は、この『雅楽』の啓蒙・普及活動に積極的に取り組み、他楽器とのセッションなど斬新かつ革新的な雅楽のあり方を模索し、また海外公演などでも大好評を博して、いま注目されている雅楽家・三名をお招きします。「笙」 担当で、神職でもある恩田 栄治氏、「篳篥」 の十二音会所属・西原 祐二氏、「笛」 は同じく十二音会所属の西浦 興一氏の三人です。そして私の母校・國學院大學から、神社祭式行事作法の修練に励む伝統のクラブ 「瑞玉会」 の横川 史穂子・早川 眞由子の両名が、雅楽に合わせた巫女舞を披露して花を添えます。
宮中で雅楽を演奏するひとを楽人または楽家と言い、それ以外一般的に雅楽を演奏するひとを伶人と言います。本来、雅楽とは正統音楽という意味で、更に、正しい音譜・正しい拍子を持ったものの意味ともされております。雅楽の源流を探れば千数百年もの年月を遡る伝統的な音楽・舞踊ですが、その正確な成立は、定かではありません。それは宮廷音楽・或いは神社仏閣の儀式音楽として今日まで伝えられてきましたが、ルーツを辿れば、仏教が伝来した欽明天皇朝(539年〜571年)の頃から輸入された外来音楽が、徐々に我が国固有の音楽や舞いと融合し、古代文化の成熟した平安朝に入って日本的な 「雅楽」 として形成されたと謂われています。
以前、渡来した人達や遣唐留学生が、中国大陸や朝鮮半島、更には印度・東南アジアなどの影響を受けた音楽や舞を、芸術音楽として海外から持ち込みました。当初、それらは宗教・祭祀などとは無縁でしたが、典雅な曲調のものは宗教音楽として利用されていきます。そして、大化改新事業が結実して発布された大宝律令(701年)には、外来音楽や舞踊、我が国の歌舞が育成されるための制度「雅楽寮(うたまいのつかさ)」が記録されており、国が歌舞を保護した姿勢が窺えます。降って、宇多天皇朝に遣唐大使だった菅原道眞の奏上でェ平6年(894年)、遣唐使制度が廃止され、唐楽(とうがく)の輸入が途絶えたことで、その後、それまでの外来音楽は次第に日本化されて行きます。
平安朝には新作の歌曲も創られるようになります。古い民謡や童謡などの歌詞に中国系の唐楽風、朝鮮半島系の高麗楽風の節回しを付けて歌うもの(声楽)もあり、伴奏には管楽器 (笙・篳篥・龍笛) と絃楽器 (楽琵琶・楽筝) を用いたとされます。また、当時「楽制」 に就いて様々な改革がなされ、雅楽を伴奏とする舞楽も、我が国古来の舞態に基づいた国風(くにぶり)舞楽と、外来楽系の伝播経路に基づいた形式の舞楽が左舞 (さまい:唐楽系) と右舞 (うまい:高麗楽系) とに分けられ、左右異なる楽器編成も整備されます。国風舞楽は篳篥・笛・和琴を用い “人長舞・東遊(あづまあそび)・倭舞・久米舞・五節舞” など、漸次宮中に取り入れられ、神道系祭祀用の歌舞として定着して行きます。
雅楽の演奏形態は先の舞楽を含む歌もの (声楽)と、管・絃 (和琴も。加えて打楽器:鞨鼓・太鼓・鉦鼓、=器楽) とに分けられますが、今回、演奏される三管のうちの 「笙」 は17本の竹の管に15本の簧(した)を付け、和音を出して曲の旋律の誘導を担う楽器です。「篳篥」 は竪に吹く笛で、主旋律を吹奏します。「笛(龍笛)」 は曲の始めに吹奏される横笛で、主旋律を装飾させる役目を持ちます。笛には他に神楽笛・高麗笛がありますが、他の絃・打楽器に就いては、当日お話しさせて頂きます。
伝統の音色に触れる今回の新春セミナーに、お越しください。お待ちしております。
平成15年正月