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日本文化の歳時記 睦月(1月)   H21年(2009)1月4日 掲載

「にっぽん文明研究所」 代表  奈良 泰秀
 
 清浄な家で年神を迎える -お焚き上げは送りの祭り- 
  


 明けましておめでとうございます。本欄では、月ごとに代表的な行事や風習を取り上げ、それらを生み出した日本の文化について解説していきます。

  一月には、ほかの月より多くの祭りや行事があります。地方に残る独特な祭りや風習は、気候風土に合わせ、年月をかけて育まれてきました。日本は永い歴史を持つ国です。日本人の精神性や感性が形成された縄文時代を源流に、中国や朝鮮からの渡来人たちの文化が融合して、日本独自の信仰や習慣が生まれました。
 

 
大注連縄で有名な福岡県の宮地獄神社 霊峰富士


 昔に較べると正月の風景もさま変わりしましたが、正月への想いは昔も今も一緒です。初詣は最も盛んな正月行事で、古くは年籠りといって大晦日に神社やお寺にお籠りをしてから詣でる風習がありました。現在もお寺の除夜の鐘を聴いてから神社へ初詣をしますね。江戸時代には、その年の縁起のよい方角である恵方(えほう)に、吉方を掌(つかさど)る歳徳神(としとくじん)が鎮まるとされ、その方角の神社やお寺への“恵方詣で”が盛んでした。恵方や歳徳神の信仰は中国の陰陽道の影響に拠るものです。

 歳徳神とは別に、年の初めに豊かな実りをもたらす年神が訪れるという信仰が古くからあります。この年神が、いつの間にか歳徳神と同じ神とされるようになり、また年神を祖霊の神とする地方もあります。お正月に家の内や外を清々(すがすが)しくし、玄関や神棚を飾るのは、年神を迎える祝賀のためです。門松は年神を家に迎える依(よ)り代(しろ)で、注連縄(しめなわ)は神聖で清浄な場所を表します。

 門松や注連縄の正月飾り、古いお札を、小正月の十四日の夜か十五日の朝、神社などでどんと焼きや左義長(さぎちょう)で焚き上げます。これは、迎えた歳徳神・年神を送るお祭りで、このご神火に当たると無病息災の一年間を送れるとされています。宮城県のどんと祭りはとくに有名です。九州では独特な火焚き行事が七日に行われます。

 元旦の日の出前に、井戸や清流、泉から水を汲む、若水(わかみず)の習慣も各地にあります。若水迎えとも言い、年神に供えたあとの若水は、お雑煮に用いたりします。平安時代には宮中の立春行事でしたが、これを飲めば一年の邪気を祓い、心身ともに若返るといわれました。京都・日向大神宮、愛媛・伊豫豆比古命神社、兵庫・西宮神社、大阪・住吉大社、愛知・真清田神社、東京・山王日枝神社など、多くの神社で元旦の早朝から若水祭の神事を行います。

 かつて若水汲みは年男の役目で、地域によって若水を汲む際の呪文や作法が決められていました。水道が普及した現在も、先祖の水への思いは大切にしたいものです。

 同じく、年初めに欠かせない飲み物がお屠蘇です。これを飲めば一年の邪気が祓われ、長寿がかなうとされました。数種類の薬草を赤い布袋に入れ、大晦日に井戸の中に沈めて水の毒性を取り去り、元旦にそれを取り出し、お酒や味醂に漬けて飲みます。江戸時代の図解入り百科事典『和漢三才図会』に、九世紀初め、唐の使節が嵯峨天皇に屠蘇百散という霊薬を献じ、天皇がこれを神酒に浸して宮中儀式に用いた、とあります。元々は、蘇という悪い鬼を屠(ほふ)る、退治するという中国の習慣からきたものです。

 初夢で一年の吉凶を占う風習もあります。室町時代には、良い夢を見るために七福神の乗った宝船を枕の下に敷いて寝る習慣があったようです。一富士、二鷹、三茄子は、九州の藩主の随筆集に、徳川家康が言い出したという記録があります。これは家康の好物とも、また初ナスの値の高さを示す言い方ともされています。一般的な“無事(富士)に、こころざし高(鷹)き、事を成す(茄子)”の解釈でよいのではないでしょうか。昔は除夜の夢を初夢としていましたが、現在では二日の夜の夢が初夢とされます。

 そのほか、鏡もち、おせち、雑煮、七草粥などの食べ物、羽根つき、すごろく、百人一首、凧揚げなどの遊び、年賀状、書き初め、破魔矢、繭玉などの行事・風習もあります。
  

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